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時刻 とは

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時刻 (じこく)とは、時間の流れの中におけるある一点(時点)のこと、また、それを他の時点と区別できる形で表現したもののことである。時刻の表現の仕方を時法(じほう)という。広義には、時法には暦法を含む。日の特定をせず、1日の中での時点を表現する場合も多い。

時刻と似た概念に「時間」があるが、時間はある時刻から異なる時刻までの間隔である。日本では時刻の意味で時間という言葉が使われることも多い。

現在、多くの社会ではによって時刻を表現し、コロン(:)で時分を区切る。日付と時刻の表記に関する国際標準規格であるISO 8601では、コロンを用いないのが標準表記であり、拡張表記としてコロンを用いても良いものとされている。
物理的・また厳密な定義としては時刻系を参照のこと。

時刻の表現において、目に見える形で存在する最小の単位はであり、また、日の出・日の入りである。それより小さな分割は人為的なものであり、どう分割するかによって様々な時法が生まれることになる。

西洋でも東洋でも、日の分割には共通して十二進記数法による12等分または24等分が使用されている。

歴史

西洋

西洋では、古代には日の出と日の入りの間をそれぞれ12等分する不定時法が用いられており、季節によって長さが異なっていた。後に一日を24等分する定時法に改められた。バビロニア人やエジプト人は日の出、アラブ人やユダヤ人は日の入を一日の始まりとしていた。定時法が採用され、さらに時計が発達してからは、夜半(太陽の南中の対極)を一日の始まりとし、南中を12時、その以前を午前、以後を午後としてそれぞれを12等分(0~12時)する現在の時法となった。より精密な機械式時計の発達とともに、13世紀にさらに細かな分割である分と秒が作られた。

ただし、19世紀頃までは洋上の帆船などで正午を一日の始まりにしていた事もある。これは、緯度や経度の違いによって時差が生じるため、その海域の時刻の基準は正中を観察する他に方法が無かったためである。

午前・午後をそれぞれ0時から12時までとする12時制のほか、午前・午後を分けずに一日を0時から24時までとする24時制がある。

中国

中国では、古代には一日を100等分して1つの分割を「」としていたが、代に、一日を12等分して、夜半から十二支を順に振って子の刻・丑の刻……とする時辰が生まれた。それぞれの分割は「刻」といい、100分割の刻と区別するために「辰刻」(しんこく)ともいう。

代に西洋の時計とともにその時法が導入されて、一日を24時間とする時法も使われるようになった。その際、それまでの「時」の半分である西洋の「時」は「小時」と呼ばれるようになった。この名称は現在でも使われている。古代の「刻」は、現在では15分の意味で使われている。

日本

日本では、中国の一日を12等分する時法や、100等分する時法が導入された。当初は一日を12等分する定時法であったが、室町時代ごろから日の出と日の入(または夜明けと日暮れ)の間をそれぞれ6等分する不定時法が用いられるようになった。天文や暦法で使う時法は一貫して定時法であった。なお江戸時代には、その不定時法に時間表示を合わせた和時計も作られた。

室町時代後半から、時刻を時鐘の数で呼ぶようになった。時鐘は、昼に9つ打ち、一刻ごとに1つずつ減らして4つの次は深夜の9つに戻り、また一刻ごとに1つずつ減らして4つの次が昼の9つとなる。時刻が進むごとに数が減っているように見えるが、実際には増えている。中国の陰陽の考え方では9を特別な数として扱い、もっとも縁起の良い数と考えられていた。このことから9を2倍(9 × 2 = 18)、3倍(9 × 3 = 27)、4倍(9 × 4 = 36)…と増やしていって、その下一桁をとると9、8、7、6…となり、減っているように見えるのである。9の倍数分だけ鐘を鳴らそうとすると最大で54回も鳴らすことになるため、十の桁を省略した。昼と夜で同じ数があるので、これらを区別して右の表のように呼んだが、江戸時代以前の人々の生活は夜明けから日暮れまでが中心であったことから、昼間の時刻という前提で日常会話では「昼」や「朝」は省略されていることが多かった。ただし、六つだけは明け方なのか夕暮れなのかわからないため「明六つ」、「暮六つ」と言い分けた。

また、一刻の真ん中を「正刻(しょうこく)」と呼んだ。太陽が南中するころが午の刻であったことから、南中時刻を「午の正刻」と呼び、これが現代でも昼の12時ちょうどを表す言葉として使われている「正午」の語源になっている。更に同様のものが「おやつ」である。午後2時から3時ごろに仕事の手を休めてとる休憩時に軽食をとる習慣が江戸時代から始まったが、この時間がおおよそ昼8つ、つまり「八つ時(やつどき)」であったことから、午後3時ごろに食べる間食を指す「おやつ」という言葉が生まれた。現代では「おやつ」は間食全般のことを指し、時刻には左右されない言葉になっている。

夜間の分割については6等分のほか、5等分の更点法もある。日暮れを一更とし、二更、三更として夜明け前は五更となる。一つの更はさらに一点から五点まで5等分され、夜明けは五更五点となる。

一つの刻を3等分して上刻・中刻・下刻とする分割もあった。

1873年(明治6年)1月1日、太陽暦の導入と同時に西洋式の時法が導入された。軍隊内部では、午前・午後の間違いを防ぐために24時制が使用されていた。1942年(昭和17年)10月11日、鉄道に24時制が移入され、一般人の間にも24時制が普及することとなった。

十進時法

一部で提唱されている、一日を10の累乗個で分割する方法。Decimal timeを参照。

コンピュータの時法

コンピュータの内部においては、日とは無関係のだけを用いた時法が用いられている。初期から現在にいたるUNIX オペレーティングシステムや互換OSの多くでは、内部時刻を1970年1月1日00時00分00秒(GMT)を起点(Epochすなわち0)とし、それからの秒数を32ビット符号付整数で表す。C言語ではtime_tがtypedefされている。この数はUTC 2038年1月19日に桁あふれ(オーバーフロー)を起こし、それ以降の時刻に対しては正しい演算が行えなくなるため、Unix系OSに依存する部分の大きいインターネットにおいて重大な問題が起こる可能性が指摘されている。これを2038年問題という。

なお、プログラミング言語によっては1970年1月1日00時00分00秒からの経過時間を64ビットのミリ秒で表したり(Java)、1904年1月1日からの経過秒数を倍精度浮動小数点数で表す(REALbasic)こともある。

関連項目

  • ISO 8601 - 日付と時刻の表記に関する国際標準規格

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