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ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!の企画 とは

[date=2008年2月]
[ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!]
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!の企画では、日本テレビ制作のバラエティ番組ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』で放送された企画、コーナーについて述べる。

概要・特徴

1989年10月の放送開始当初〜約半年間は漫才形式のネタ披露のみだったが、1990年春頃〜1998年頃までは「オープニング」と呼ばれる、コントやチャレンジものなどの単発企画と、ダウンタウンのフリートークの2本立てで構成。1999年以降は従来通り2本立ての場合と、企画のみで30分もしくはトークのみで30分、というケースも多い。また、新年最初のトーク収録の回はトークのみで30分放送されている。

オープニングとトークの2本立ての日はオープニングを収録してトークに臨む事も多く、また普段午後2時に起床する松本の寝坊などでトークの収録が遅れることもある(たまに観客の終電に間に合わないことも)。で、このことはその度にフリートークのネタにされる。

また、各企画名には「第○回 ガキの使いやあらへんで!! チキチキ」が付く(付かない場合もあり)。「チキチキ」は番組初期の企画「チキチキ三輪車レース」(1990年2月20日放送)に由来している。そもそもは「チキチキマシン猛レース」をもじって企画タイトルを付けたものだが、以降定例化。過去10回を越える「芸能人釣り選手権」などは例外だが、恒例企画であっても基本的に回数は「第1回」という表記が用いられる。これは「基本的には、企画は1回だけで完結させる」という意向を反映してのもの。また以前は、企画名にメンバーの名前が入る場合「浜田松本ココリコ他」とクレジットされることがしばしばあり、山崎のみ名前が省略されることがあった(もちろん本人はこれを嫌がっていた)が、「絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅」以降は、山崎の名前もクレジットされるようになっている。ただ、企画の中ではしばしば山崎がスカされるケースがある(遠藤たけしシリーズなど)。

尚、1997年以降はトークの放映回数が減少傾向にあるが、これについてはあるインタビューで「この番組は松ちゃんの発想を見る番組。それが企画になったりトークになったりするだけだから、どちらが多い少ないは関係ないと考えている」と語っている。

以下、放送日は関東地区のもの。

主な企画

トーク

[トーク (ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!の企画)]

松本vs浜田・対決シリーズ / 罰ゲーム

[松本vs浜田・対決シリーズ/罰ゲーム (ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!の企画)]

山崎 VS モリマン

1996年に端を発する、山崎とホルスタイン・モリ夫(モリマン)の因縁対決。現在は1〜2年に1度放送。

「俺はずっと裏番長だった。本当はケンカが強い」と常々楽屋で言っていた山崎が、本当に強いのかを検証する為に始まった企画から発展。男と対決しても面白くないという理由から女性、しかもかなり強いという噂を聞きモリマンのモリ夫に対戦相手が決定。

元々は、山崎が「ケツ取りチャンピオン」モリ夫に挑み、パンツを脱がされるというものだったが、その後プロレス形式の試合となる。当初は女性であるモリ夫が本当にパンツを脱がされてはシャレにならないと、スタジオ収録で観客もスタッフだけで固めた上、さらに前バリも着けさせるという万全の体勢で収録を行った。しかし結果はモリ夫の圧勝に終わり、第4回以降は後楽園ホール等で観客を入れた上で収録されるなど、番組史上最も派手な企画のひとつになった。

「熱々あんかけ対決」「ゴボウしばき合い対決」など数々の名勝負を生んだが、山崎が勝利したことは一度もない。一貫して山崎が企画に消極的で、2002年2月の「ラストファイナルリベンジマッチ」では、「ママチャリ対決」にてギックリ腰を訴えてリタイア。1000人を超す観客およびスタッフを激しく失望させた。

過去には、観客として小池栄子加藤鷹雅山若兎馬イジリー岡田なすびら著名人が観戦していた。

大規模な企画で人気も高いが、化物揃いのガキ使の中では意外に不人気の部類に入り、これを収録したDVD第6巻はシリーズで一番売れていない。浜田曰く「段々飽きてくる」。しかし、スタッフ内の人気は高いらしく、菅がこの企画を大晦日にK-1PRIDEの裏番組として生放送でやりたいと考え、上層部に企画書を提出した所、編成局長らに「バカかお前は!」とどやし付けられたという。後日、菅本人は番組内で「必ず実現させます!」と発言し、ダウンタウンの喝采を浴びた(これは2006年大晦日で放映された「絶対に笑ってはいけない警察24時」で実現させた)。

過去の山崎の戦績

下記の対決は、実際に放映されたもののみについて触れている。これ以外にカットされたものもある。
  1. 1996年11月3日 山崎ケツ公開スパーリング!!
    • 2ラウンド対戦し、いずれも山崎は惨敗。
  2. 1996年12月29日 第2回 山崎ケツリベンジ KETSU-1グランプリ!!
    • リベンジをかけてモリ夫に挑んだものの(1ラウンド)、またも惨敗。
  3. 1998年6月7日 芸能界因縁のリベンジマッチ! 山崎VSモリマン エンドレスバトル!!
    • スリッパたたき対決、ローキック対決、水タオルしばき合い対決で対戦も、すべて惨敗。
  4. 1998年8月16日 炎のファイナルリベンジマッチ in後楽園ホール(※これ以降後楽園ホールで収録)
    • フランスパンしばき合い対決、熱々あんかけ対決、ビンタ対決、K-1対決、水タオルしばき合い対決で対戦も、またも全て惨敗。
  5. 1998年12月20・27日 嵐のラストファイナルリベンジマッチ
    • パンスト脱がし合い対決、ビール瓶割り合い対決、ゴボウしばき合い対決(計3ラウンド)、熱々の八宝菜対決、チーズフォンデュ対決、ハチミツ入りバケツ頭突っ込み対決(計2ラウンド)、K-1対決で対戦も、またまた全戦惨敗。
  6. 2000年7月30日・8月6日 今世紀最後のスーパーファイナルリベンジマッチ!!
    • カラーバットしばき合い対決、洗濯機ホースしばき合い対決、ケチャップ&マスタード対決、Tシャツ小籠包対決、小玉スイカ対決、納豆かけ合い対決、熱々あんかけ対決で対戦も、これも全戦惨敗。
  7. 2002年2月3・10日 今世紀初! ラストファイナルリベンジマッチ
    • ゴルフクラブしばき合い対決、豆板醤ぬり合い対決、シャンパンケツキャッチ対決、もう着ない服対決、何が出るかな?対決、ママチャリ対決で対戦も、全戦惨敗に終わった。
  8. 2003年6月8・15日 因縁のファイナルリベンジドリームマッチ
    • 恒例ゴボウしばき合い対決(計2ラウンド)、寝袋対決(計2ラウンド)、永ちゃんタオルしばき合い対決、ブタ脂肪ぬり合い対決、ガチンコ大喜利対決、口くわえバレーボール対決、宙づりしばき合い対決、熱々あんかけ対決で対戦も、全戦惨敗。
  9. 2005年2月27日・3月6日 魂のスーパーファイナルリベンジマッチ(※ディファ有明で収録)
    • サスペンダー引っ張り合い対決、顔面ビンタマシーン対決、熱々蒸しタオル対決、全身梱包対決、万国旗出されたら負けよ対決、小豆ふくんでビンタ対決、熱々あんかけ対決で対戦も、全戦惨敗。途中、ダイナマイト四国VSエスカルゴマンのリベンジマッチが行われた。
  10. 2006年8月6日・13日 伝説のスーパーファイナルリベンジマッチ
    • 前週(7月30日)は過去の総集編が放送された。
    • ハチミツ対決(計2ラウンド)、キャビンアテンダント対決、巨大風船対決、夏の風物詩対決(計2ラウンド)、エア獅子舞対決、シャンプーハット対決、熱々あんかけ対決(計2ラウンド)、ゴボウしばき合い対決で対戦するも、全戦惨敗。途中、ダイナマイト四国VSタコス兄弟のスペシャルマッチが行われた。後楽園ホールにて行われた。また、途中に暴漢が乱入したが、ピカデリー梅田が登場し「男の人を呼んだ」ために防がれた。
  11. 2007年10月28日・11月4日 奇跡のスーパーファイナル引退リベンジマッチ
    • 高速回転ぐるぐるしばき合い対決、こんぺい糖ばら撒き対決、イビキ対決、空中浮遊イリュージョン対決、みたらし団子たれ対決で対戦しイビキ対決において企画史上はじめてのドローが出たものの他の勝負は山崎の全敗に終わる。しかし、みたらし団子たれ対決終了後、モリ夫が負傷を訴えてそのまま終了となった。なお、モリ夫の回復を待つ間にダイナマイト四国VSコロナ兄弟のスペシャルマッチが行われた。
    • この対決では試合開始前アイキャッチの山崎・モリ夫の写真が変更されたり種馬マンに対する松本のボケが無いなど変化の多いものとなった。

以上、現在の対戦成績は1引き分けを除いてモリマンの11戦全勝。山崎は全戦惨敗に終わっている。

放送の流れ

  1. 山崎・ダウンタウンが控え室でトーク
  2. : 外国人のセコンド2人が山崎を励ますセリフを言う。ココリコはモリマンの控え室から中継し、モリマンは外国人との合コンなどで盛り上がっている場合が多い。回を重ねるごとにモリ夫は10kg前後ずつ太り、その姿を見て山崎は怯える。松本は種馬マンを見て「また綺麗さに磨きがかかった」と無表情で褒め称える。
  3. オープニングセレモニー: コミッショナー・選手入場
  4. : ダウンタウン(コミッショナー) → モリマン(チャンピオン) → 山崎(挑戦者)
  5. : 山崎は入場直後、ワイクルーのような踊りを披露するが、途中でモリ夫が殴りかかる。そして、そのどさくさに紛れて浜田が山崎の髪を引っ張ってリングに叩きつける。
  6. : ちなみに、入場曲はモリマンがクイーンの「ウィ・ウィル・ロック・ユー」、山崎がジグソーの「スカイハイ」(2000年までは「ヤマザキ一番」)である。
  7. マイクパフォーマンス
  8. : 山崎、モリ夫のマイクを使った挑発合戦。山崎は威勢良く「今日こそは絶対お前を倒してやるからな!」と宣言し、モリ夫は山崎の恥部を暴露するのがお約束(「結婚しても風俗に通いつめている」、「レギュラー番組がガキ以外なくなった」、「オリエンタルラジオのネタ帳を盗み見している」)。
  9. 花束贈呈
  10. : 山崎へ、ゆかりのある人から花束が贈呈される。地元の旧友、お世話になっている(?)風俗嬢など。2006年からはピカデリー梅田が登場して寸劇を披露する様になっている。
  11. 遠藤斉唱
  12. : 一般客・出場者が一斉に起立し客席後方のステージに注目。ステージには各国の子供達と遠藤がブリーフ一丁の姿で登場しホホホイ芸を披露する。山崎とモリ夫の健闘を祈る、清めの儀式なのだが、浜田は「これ要る?」と首を傾げる。
  13. 選手紹介・対決発表
  14. : リングアナウンサー(主に今井良晴)がキャッチフレーズと共に両者を紹介(モリマンはモリ夫と種馬マンとが個別に紹介されることはない。また紹介に使われる体重の単位は「パウンド」なので、モリ夫だけが「モリマン」として紹介されているのか二人合わせて「モリマン」と紹介されているのかがわかりにくい)。
  15. : キャッチフレーズはモリマンの場合「北海のつぶし屋」、「雪国が生んだリアルブタゴリラ」「ヒグマも道をあける北海の肉ダルマ」、山崎の場合は「お笑い視力0.01」、「西宮が生んだ落ちこぼれ芸人」「お笑い音痴」「笑いの翼が折れたエンジェル」「笑いのアンテナが折れた壊れかけのレディオ」など。
  16. : 対決方法を記したパネルが公開され、松本が最初の対決方法を決定する。

主な対決方法

ゴボウしばき合い対決
籠を背負い、中に入っているゴボウで殴りあう。他に、ゴボウよりもしなるムチのような効果のある「ネギしばきあい対決」もある。ゴボウで殴られるのはイメージに反してかなり痛いらしく、山崎が最も嫌っている対決である(いわく「ゴボウはただの棒」)。当企画の名物対決であるがこの対決が行われたのは罰ゲームを除いてわずか3回である。「笑ってはいけない警察24時」においては、就寝時の一連のネタの最中でも延々と熟睡し続けていた山崎が、「ゴボウしばきあい対決」のタイトルコールが流されただけで瞬間的に目を覚ましていた。
熱々あんかけ対決
その名の通り鍋に入っている熱された中華あんを掛け合う。序盤はおたまを使って相手に飛ばす攻撃がメインだが、対決が進むにつれて徐々にリングが滑りやすくなるため、中盤以降は滑って転倒した相手に鍋から直接あんを掛ける戦法が有効になる。最後には体を冷やすためのバケツ一杯の水までリングにぶちまけられる(正確には熱さでパニック状態になった山崎がひっくり返す)こともあり、その後の対決にまで足場の悪さの影響は残る。また、観客にもあんや水が飛散するため、防御用のビニールシートが不可欠。派生種目として「八宝菜対決」「小籠包対決」「おしぼり対決」などがある。
ハチミツ対決
大量のハチミツに互いの顔を沈め合う対決。「何が出るかな?対決」の一部として流用されることがある。派生に「みたらし団子たれ対決」がある。
何が出るかな?対決
中身のわからない箱を開け、中のアイテムを使って闘う。箱にはムチやバレーボールなどの実用的なものだけでなく、お下げのカツラや麦藁帽子などのわけのわからないものも入っている。派生に「夏の風物詩対決」がある。
ママチャリ対決
自転車に乗って追突しあう。対決自体は冴えないが、最中に山崎がギックリ腰を訴えて逃亡したため悪名高い。山崎の逃亡には予定調和も多いのだが、この時はスタッフにも予想外のマジ逃亡だったらしく、VTR(「ぎっくり腰とは?」)やトークで釈明が流れるという異常事態となった。この回(2002年)は当初3週にわたる放送をスタッフは計画していたが、これにより1週半の放送となり、ダウンタウンが休日を返上してトークを収録した。

ハイテンションシリーズ

過去9回放送(概ね1〜2年ペース)。芸人たちのハイテンション芸を楽しむ名物企画である。

ハイテンション企画のパターンは2通りに大別される。過去7回放送されているハイテンション・ザ・ベストテンは、「ザ・ベストテン」をモチーフにパロディ化したカウントダウン形式によって芸人達のハイテンション芸を楽しむ。司会は浜田(黒タキシード姿)と松本(黒柳徹子の格好をしている)。もう1つはお笑い芸人ドラフト・ハイテンションバトル。松本・浜田チームに分かれ、それぞれのチームのメンバーがハイテンション芸を競う対戦形式によるもの。同様の紅白ハイテンション合戦と合わせ、過去2回放送されている。

このガキのハイテンション芸には、近年のバラエティ番組にありがちな笑いを助長させる演出など一切無く、まさに一人の芸人としての全ての力が試される場であり、ガキメンバー3人を含む出場芸人はネタ作りや衣装、セットなどに趣向を凝らして臨む。出場寸前には極限状態に追い込まれるというが、藤井隆森三中など、この企画をきっかけに全国区でブレイクした芸人も多い。遠藤が髪をオールバックにセットしてブリーフ一丁で歌い踊る「ホホホイ」シリーズは珠玉の名作。尚、ベストテンの場合、第1位には何故か山崎が選ばれるケースが多い。大トリを任された山崎は追い詰められたような表情で登場。ネタ開始のゴング直前の構えまででほぼ全てを出し尽くしてしまい、ネタそのものはグダグダの展開に終わるケースが多いものの、良くも悪くも一見の価値はある。一方10位は毎回田中が担当。田中のネタはコスチュームこそ違うが、いつもクネクネした動きに「コォラァッ!」「こーのーバカッ!」などと叫ぶ1パターンのハイテンション芸で、ダウンタウンから「田中さん毎回同じですね」「何でいつもみたいなネタなんでしょう?」などと呆れられている。

元々は1998年3月に放送された「ココリコVSリットン調査団」での「ハイテンション対決」で、遠藤が顔を叩きながら「ほほほいほほほい」と繰り返す姿がダウンタウンのツボにはまり、遠藤の芸を前面に押し出すために企画されたものである。

このハイテンションのファンは番組の視聴者のみならず、内村光良をはじめ芸能界にも数多いといわれているものの、その一方で視聴率はあまり芳しくないのか、松本は毎回オープニングで「このコーナー、お茶の間にはあまり支持されていないようです」と話す。

過去のハイテンションシリーズ

  1. 1998年5月17日 ハイテンション・ザ・ベストテン
    • 記念すべきシリーズ第1弾。藤井隆が「ホット! ホット!」で一躍大ブレイクを果たす。遠藤のホホホイシリーズ第1作「愛 〜ほほほほーい〜」もここで生まれた。
    • 極楽とんぼの二人がVTR出演し、狂気じみたハイテンションを見せ付けた。
  2. 1998年6月14日 ハイテンション・ザ・ベストテン
    • 遠藤が「ホホホイ」(5位)と「よし!ハリケーンジェラシー」(1位)の二曲同時ランクインを果たすと言う快挙を成し遂げた。しかし皮肉にもこの回を最後に遠藤のハイテンションは長い低迷期に陥る。
  3. 1998年12月13日 年末恒例・紅白ハイテンション合戦!
    • 松本率いる赤組と浜田率いる白組が4対4の対抗戦を行った。ジョーダンズ三又忠久の「98金八ラストシャウト」、藤井隆の「返品98」、おさるの「加藤マネージャー」等珠玉の芸が揃った。
    • 期待されていた遠藤の「ホホホイ」は食傷気味で、ダダスベリに終わった。
  4. 2000年6月11日 浜田チームvs松本チーム・お笑いドラフトハイテンションバトル!!
    • 上島竜兵ダチョウ倶楽部)が「豆しぼりの男」で大活躍。ハイテンション芸に“泣き芸”という新ジャンルを開拓し、松本をして「正直眼中に無かったが、とんだダイヤモンドだった」と言わしめた。
    • このハイテンションバトルは松本チームが全員グズグズの内容で終わり(おさるは健闘したが)、挙げ句にはエース・遠藤も大事なオチでセリフを噛む、松本までもが進行中に噛むなどのグダグダぶりで、浜田チームの圧勝という結果に。敗れた松本には「相手チームのハイテンション芸をやって見せる」という罰ゲームが課され、「豆しぼりの男」をやらされたが、あまりの羞恥に思わず「すんません、もう勘弁してください」と土下座するという屈辱を味わった。
  5. 2000年12月17日 ハイテンション・ザ・ベストテン
    • 森三中がガキ初登場。後に“森三中シリーズ”の名演で、一躍大ブレイクを果たす。演目は「よそ行きの靴に履き替えて」。
  6. 2002年4月28日 ハイテンション・ザ・ベストテン
    • 江頭2:50が初登場。ダウンタウンとは初共演で松本からは「オーデコロンの匂いがしますねえ」と江頭の意外な姿が暴露された。演目「中野の怪人」はこれぞハイテンションと呼ぶにふさわしい芸だった。
    • スポットライトではケンドーコバヤシが登場するも、緊張で思ったほどはウケなかった。
    • 「豆しぼり」で名を挙げた上島が再登場。ほとんど出オチのメイクで演目「えびすくん」を演じたが、「豆しぼり」の再来とはならなかった。
  7. 2002年12月29日 ハイテンション・ザ・ベストテン
    • イジリー岡田が初登場。「西日暮里の夜」でキレのある芸を見せた。
    • 「スポットライト」ではゴージャス松野が登場するも、途中で流れる音楽のタイミングが間違われ、全くウケずに落ち込んだ。
  8. 2004年6月6日 ハイテンション・ザ・ベストテン
    • ワッキーが「乳首がズレてるポリスマン!」を披露。直後、宮迫博之がネタ中にガス欠状態に陥るや、胸パッドを手に「お乳がズレてるポリスマン!」とパクって見せるなど、当日の出演者にも波及。更に山崎もオチが見えずグズグズになったところでパクろうとしたものの、元ネタを全く憶えていなかったため、中途半端に端折って「乳首がポリスマ〜ン!」と連呼し続けた。
  9. 2005年8月28日 ハイテンション・ザ・ベストテン
    • 庄司智春品川庄司)が「平成のパピプペポ」でシャープな動きを披露。反動をつけて蹲踞して、その反動でまた立ち上がるという不可解なアクションが注目を集めた。
    • 病気療養から復活した江頭が2位で久々の登場。THE BLUE HEARTSの「人にやさしく」をバックに叫びまくる演目「真夏の男祭り」は珠玉のハイテンション芸となり、浜田から「あなたこそ1位ですよ!」と絶賛された。
    • アンガールズ劇団ひとり次長課長、カンニング竹山などお笑いブームで人気の出た若手も多数登場。しかし企画意図を理解していなかったアンガールズは私服で登場するという暴挙に出、スタジオを凍てつかせた。一方次長課長・河本はそれとは逆にほとんど出オチの過剰なコスプレで登場し、浜田から「お前発注しすぎや!」と怒られた。
  10. 番外その1. 2006年6月18日 サッカーワールドカップ 日本代表必勝祈願!ハイテンションスペシャル!! 〜ドイツに届け!! ハイテンションでガンバレ日本!!〜
    • サッカーW杯ドイツ大会日本対クロアチア戦の裏番組で、過去のハイテンション芸を集めたダイジェストを放送した。ちなみに松本は「放送室」において、(サッカー日本代表戦のため)視聴率が期待できないという理由で手抜きの放送をしたことを後悔していた。
  11. 番外その2. 2007年6月10日 楽屋入りから笑いをふりまけ!おもしろ廊下歩きコンテスト〜!!
    • ハイテンションシリーズではないが、コンセプトはほぼ同じ企画。エレベーターから楽屋までの78メートルの廊下をいかに面白く歩けるかを競った。出場者は山崎・ココリコの他イジリー岡田三又又三ブラックマヨネーズ江頭2:50の8人。
    • 山崎、ココリコなどほとんどハイテンションの時とおなじような芸を見せて廊下を歩く芸人が続出した。なかでも江頭は全編叫びまくって廊下を歩く芸を見せ、ダウンタウン他出場者の喝采をさらった。また意外にも普段の江頭が非常に男前であることも判明し、江頭は「そこいじるか?」と照れ笑い。
    • ちなみに優勝者はブラックマヨネーズ吉田のマネージャー(吉田の芸を冷たい目で見届けた点が評価された)。

さようなら山崎邦正

2001年から毎年3月、春の改編期前に放送される名物ドッキリ(?)企画。

番組は、冒頭から「番組の2回目から出演している山崎が番組を卒業することになった」という暗いトーンで始まる。降板理由を訊かれた山崎は、「東野幸治のレギュラーの数が減ったことが羨ましくなって自分も減らしたくなった」「すべての時間を子作りに専念したい」「最近嫁にうつ伏せで寝てると言われる」などと理解に苦しむ返答を繰り返す。

その後、山崎が選んだ名場面集ベスト5のVTRが放映され(2002年以降ベスト5内には2001年11月4日放送「山崎・感動の結婚式」や前年放送された「さよなら山崎邦正」が必ずランクインしている)、菅プロデューサーとメンバー4人が山崎にお別れの言葉をかけ、花束を贈呈する。初めの3回程は各メンバーの言葉も「今までありがとう」「お疲れ様」「頑張って下さい」など温かい物が多かったが、徐々に「贈る言葉は何もない」「悲しいと言えば嘘になる」「腐ったリンゴは排除しなければならない」「日テレの株価上昇のためにもキッパリ辞めて頂きたい」「山崎に代わる新レギュラー候補はきく姫RG」などと非常に冷たい言葉へエスカレートしていった。2006年からは、花束贈呈の前に山崎と仕事で関係のあった著名人(奈美悦子乙葉など)からのメッセージが流されるが、そこでも各人から冷たい言葉をぶつけられる(「辞めようが辞めまいが私の人生には何の影響もない」「テレビで見かけなくなったからもう引退したと思っていた」など)。それらに対して山崎は恨みがましい目つきで睨みつけたり、嗚咽を漏らしたり、呆気にとられた表情を浮かべたりする。

そして最後に、山崎が視聴者にお別れのメッセージを述べるが、ここで山崎は毎年必ず「こんなにたくさんの花束に囲まれて…、誰が囲まれると思いますか?」と支離滅裂なことを言いながら号泣(する真似を)しつつ、わざと台詞を噛んだり、突拍子もない顔芸をしたりする。その間、メンバーは長時間笑いをこらえている(皮肉なことに、笑いをこらえる彼らの姿は一見したところでは本当に泣いているようにも見える)。そして山崎はメンバー4人に見送られて退席し、4人が掃けようとすると、突如「待て〜い、山ちゃんは〜、ガキの使いを〜、やめへんで〜!」の絶叫と共に山崎のワンマンショーが始まる。ショーが行われている間、メンバーやスタッフたちは呆れ顔で山崎を見つめている。

2003年以降、ショーは概ね2ステージ構成で、毎年2つのキャラクターが演じられる。まず第1ステージでは山崎が熱唱。曲のサビを「山ちゃんはガキ使やめへんで」などに替えて歌う。セットチェンジと衣装替えを行う幕間には、4人にジュースとおしぼりのサービスが行われる(サービスはバニーガールもしくはメイド服姿の女性が出てきて「山崎さんからです」と無表情に言いながらぶっきら棒な仕草で行うが、2005年と2006年はOA上ではカットされていた。2007年は普通に出てきたが「山崎からさんです」と言い間違えて浜田から蹴りを喰らった)。第2ステージでは映画のキャラクターなどを演じ、台詞の合間に「山ちゃん、やめへんで」などとお決まりのフレーズが入る。2001年と2002年のステージでは「やめへんでガールズ」という、無表情のバックダンサーが付いていた。

この企画は第1回こそ視聴者へのドッキリとして成立していたものの、以降は予定調和で、毎年ほぼ全く同じパターンで台本が仕込まれている。悪乗りした視聴者から放送後に「本当にやめろ」という葉書が大量に届くのも慣例となっている(それ込みで面白いという意見も)。なおスタッフの間では「その時期(3月)が近付くと、どうしても(反射的に)やりたくなっちゃう企画」と愛されており、一種カルト的な人気がある。

  1. 2001年3月18日リッキー・マーティン「Livin' La Vida Loca」)
  2. 2002年3月24日氷川きよし「きよしのズンドコ節」)
  3. 2003年3月9日(1.中島みゆき「地上の星」、2.NOVAうさぎの唄)
  4. 2004年3月21日(1.森山直太朗「さくら(独唱)」、2.ケチャックダンス)
  5. 2005年3月20日(1.ディレクターコム(小紫弘三)とトラジ・ハイジ「ファンタスティポ」、2.「ロード・オブ・ザ・リング」のゴラム=後に「ヤマラム」として企画化)
  6. 2006年3月5日(1.一青窈もらい泣き」、2.「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクター博士)
  7. 2007年3月18日(1.ディレクターコム(小紫弘三)とmihimaru GT気分上々↑↑」、2.「ロッキー」のロッキー・バルボア)

余談だが、後述する「七変化」のニセ企画会議では、企画案が記されたホワイトボードに「さよなら山崎邦正(本当に)」と書かれていたことがあり、松本は「山崎残して全員辞めてみようか?」などと喋っていた。またこの企画の放映前後、山崎は何故か遠藤に対して妙に優しくなる傾向がある(「これやってみたかってん」で遠藤を過剰に褒めちぎる、「クイズ浜田の500のコト」で遠藤が誤字を書いたのを「かわいい」と口走る、など)。

芸能人釣り選手権

毎年7月頃に放映(2005年は11月放送)。2007年で13回目となる長寿企画。河口湖で、芸能界各界から集まった釣り好き達がバスフィッシングの腕前を競い合う。判定は釣った魚の体長で行う。糸井重里浅野忠信江口洋介奥田民生加藤晴彦らがレギュラー出場者。尚、糸井はゲストの人選など企画プロデュースの一部にも参加している。当初、MCは山崎が担当していたが、ココリコがレギュラーとなってからは毎回MCを担当している。

オープニングではメンバーの意気込みを聞く他、アフリカ中央テレビによる取材も行われ、メンバーはディレクター(クレイグ・ナイン)が出す指示によっていじり倒される。開会宣言は田中が務めるが、ここで田中は毒舌キャラを発揮。出演者を「B級コメディアンに、B級俳優、B級ミュージシャンに、C級コピーライター!!」などと罵倒する。他のメンバーはB級だが、糸井だけはただ一人、毎年C級扱い。更に「お前もうD級寸前だぞ!!」「お前、オッサンとしてもC級やぞ!!」などと毒づかれるのが恒例となっている。無論、これらは田中のネタであるため、収録後は出演者たちに謝ってまわるというフォローは行っている模様。

また加藤は2005年以降、何故かこの企画のいじられ役と化してしまった。2005年、加藤は「ウエンツ瑛士とキャラがかぶる」と周囲から評され、挙げ句に「来年からは晴彦に代わってウエンツがレギュラーです」と再三いじられると、加藤は浜田に土下座してレギュラー残留を嘆願。更に2006年のエンディングでは、締めコメントの収録中にガキメンバーから「来年は晴彦がMCです」と言われるたびに再三フレームインして邪魔しまくり、最後は浜田に「晴彦、サイテーや!!」とキレられてしまった。

2005年は、江口が夏に映画・ドラマの撮影等でスケジュールが埋まっていたため、11月に開催時期をずらしたものの、肝心の江口のスケジュールが合わず、結局参加を断念。スタッフに「これでフェードアウトか?! 残念…」としたためた色紙を託した。

差し入れタイムでは、毎回有名人(?)が登場。「ダウンタウンルアータイム」では、制限時間内に番組オリジナルのダウンタウンルアーで釣り上げた選手に賞金10万円を贈呈。ルアーのプレゼンターはヘイポー。メンバーや旬の話題に因んだコスプレで現れるが、毎回湖に落水してはパニック状態に陥っている。尚、参加者には参加賞として、オリジナルの「ガキバス順位Tシャツ」(順位に応じて数字がプリントされている)が進呈される。

過去の芸能人釣り選手権

  1. 1995年6月4日 ダウンタウン世界を釣る 幻のブラックバスに挑戦!
    • ゲスト:糸井重里
    • 優勝者:松本
  2. 1996年7月7日 第2回芸能人釣り選手権(以降タイトルは固定)
    • ゲスト:糸井、奥田民生、江口洋介、宮田和弥
    • 優勝者:松本
  3. 1997年5月25日 第3回
    • ゲスト:糸井、奥田、江口、徳永英明
    • 優勝者:糸井
  4. 1998年7月6日 第4回
    • ゲスト:糸井、奥田、江口 他
    • 優勝者:浜田</</div>

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